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2010年07月18日

仙人新聞 2010・07・18

仙人新聞 2010・07・18


  毎日、せっかく配信やってるし、テキストも書いているのに投稿だけ怠っていました。


***宇宙mix(哲学漫談、クレイジートーク)パロール版***

http://www.ustream.tv/recorded/8274442

http://www.ustream.tv/recorded/8295934

http://www.ustream.tv/recorded/8317350

http://www.ustream.tv/recorded/8340848


***宇宙mixエクリチュール版***




**哲風呂**


隠蔽性と質についてである。私は千里眼をもっていない。カブトムシをみて、一発でオスメス判定することはできないが、じっくり考えれば見分けがつく。相手のひとは満面な笑みだが、その実、ぶっちゃけいってしまうと本当のところ何をたくらんでいるかは皆目わからない。高次元からやってきました、という営業マン。なんだか怪しいが、高次元がわからないし、低次元もわからない。わかるのはその人の表情であり、そぶりだ。高次元、低次元は本当に見えていないのだろうか。検討してみよう。

  哲学者ハイデガーの隠蔽性についてである。もちろん、秘密結社の友人はパンツのなかに金玉を隠蔽しているのではないか、という質問をしたところ、痛いところつかれた、っていう顔つきになった。政治だって、賄賂や機密が隠蔽されているし、エリア51の格納庫に住まう宇宙人が家賃いくら払っているかも巧妙に隠蔽されている。じつは、こんな隠蔽は日常茶飯事のいたあるところに転がっている。ていうか全部隠蔽といってしまってもよい。散歩中に電柱があり、マンホールのふたのガラをみたりする。これらを存在者という。存在者は形、色、匂いというように具体的に認識できちゃう。ところがあること自体、存在そのものはなんとなくわかるが具体的に説明しようとすると、わからなくなるのだ。なんと、存在そのものは歴史的にプレゼントとして贈りつけられてくるのだ。しかも、その時代にあわせて流行の衣を着ている。古代哲学ではプラトンはイデアが存在そのものなんだよ、うっかり誤解。あるときはドレス、スーツをきて存在者となって出現だ。そして、この現代という時代は特別だという。なぜなら、ニヒリズムの時代だというのだ。絶対的に変わらない価値、もう全面的におんぶだっこすてもだいじょうぶのものいがない。価値はみんな好き嫌いの食い物のように相対的。存在そのものも大きな価値で相対的でむしろ存在そのものをわすれちゃっているし、欠落だ。つまり、ニヒリズムとは虚無主義、ぽっかりあいた心の穴、靴下の穴。なんにもな〜いということ。だから、穴があったらそこをうめたくなるであろう。無だからこそ、存在のうつわがある、だから存在そのものが到来するのだという。

  存在そのものは隠蔽されているので、その服を脱がしちゃえ。非隠蔽性というが、これこそ真理だというのだ。

  次の話は質とは何かである。質といったらざらざらした肌触りとか、画質悪くて力士のお尻みえない、こんなテレビ欲しくない、など。哲学者カントはあたまのなかに質のカテゴリーというものが準備されていて、いざとなったら発動させて質を認識するのだという。ヘーゲルはじつにうまいことをいうが、量とは無視されちゃった質だという。点呼とるとき、ひとりひとりの質、個性にこだわっていたら数えられない。無視することで量がうまれる。質がレベルアップして量になるという。ベルクソンは何か最初にひとつのものがあり、イマージュと名づける。イマージュをぎゅ〜っと収縮させると、おにぎりがお団子になるようにもはや米粒は互いに食い込みあう。これが質であり、時間であり、測定不能な意識だという。ところが、イマージュを弛緩させて伸ばす。すると、おにぎりを解体すれば米粒が数えられるように量になり、空間、言葉になるという。


  まとめ
 
  **存在の科学**

  異次元理論   見えているものは高低次元がまざりあったもの

  われわれが認識できるのは質的な現象である。質とは言葉で表現するのは難しい。ベルクソンもいうように言葉は空間的量的なものだ。質的な現象の背後は見えない。見えない、わからないものにみたされ囲まれている。この見えない、感じられないものとは、三次元と時間軸の四次元以外の高次元か低次元だ。五次元は直感的にわからないし、一次元の厳密な直線もまたさわれないし、見えない。ところが、これらの高次元や低次元はいりまじったのが質的現象になっているともいいたい。

 さらに、ひとの心は並行、可能世界であり、別宇宙だといった。だから、高次元だからわれわれには認識できない。ところが私の心と他人の心がまざりあったとき、質的な現象となる。これが言葉、会話ではないだろうか。文字言語は見えるし、音声言語は聞こえる。



  **クレイジートーク**

  今日は朝っぱらからウグイスが泣き叫んでいた。ほ〜ほけきょ。きっと、ウグイス語でなんだかおもしろいことね〜かな、といった意味なのだろうか。それにしてもさわやかな朝だった。雨がしとしととふっていたが、地面ぬれぬれでちょっといやらしく艶をはなっていたが、この夏場に涼しいかぜが部屋に吹き込んできた。耳をすますと鳥のさえずり、そして、スパイの歩く足音。忍者の足音も聞こえる。どたどたと忍び足。そうそう、これから業者がきて電話線の修理をするらしい。どういういでたちでやってくるのか。そのへんがきになって、ハイキックの練習をしながら眠れなくなってしまった。この辺クレイジー終了し、お出迎えすることにでもしよう。



**哲風呂**


   共感とアナルシーについてである。植物と会話できる少女がいるという。風の谷のエゾシカか、はたまた、超能力少女なのか。飼い主は犬と心を通じ合わせ、犬がしっぽ振って喜んでいる。ふりふりいているしっぽをつかんで、うごかすまいとすればきっと嫌われてしまうだろう。人間もまた、互いにみつめあってにらめっこ状態で相手の心を察する。相手の心を感じるのだ。ハートに火がついたら消防車、ハートが冷え切ったらニワトリに暖めてもらう。どうして、生命は自分以外の生を感じることができるのか。いつものようにブラックホールがちょろりと登場するので覚悟して欲しい。

  共感とはなにか。互いに悪の提督のように満面の笑みで笑ったり、いっしょに悲しんだり、怒ったり、と共感とはだいだいどんなものかは知っている。共感とは、道徳的に善い事をしてしまうときのベースになっているかもしれないと考えた思想家もいた。ともに苦しむ同苦、または同情などがあるから道徳が生まれる。哲学者カントなどは共感とははじめから先天的にあたまに組み込まれたものと考える。哲学者ショーペンハウワーはとりわけ同情に重きおく。ひとりの人間には意志がある。さ〜って、爪楊枝をくわえて歯カスでも取るかと意志する。そして、次に口のなかをイメージして処理する。なかなか、白菜の破片が取れなくてだんだん嫌になってくる。ひとりの人間だけでなく、宇宙もまた意志があるという。この意志があって、つぎに宇宙のイメージ、つまり、表象があるという。宇宙の表象とはイデアだ。饅頭そのもののイデア、盆栽そのもののイデアである。個人がいろんなことを意志しても、それが上司から撤回されたり、うまくいかない。意志を最小限に抑えようとする。最初はストイックに意欲をなくしてみる。それでもだめなので、他人を同情し、意志滅却である。すると、宇宙の意志も連動して消えてしまうのだという。シェーラーはだれでもないし、だれでもあるような人称なんかない、無記名の体験の流れがあるという。私もあなたもどうでもいいような体験をしていて、これが共感になるというのだ。

  次の話はレヴィナスのいうアナルシーについてである。砂漠をスキップしながら口笛ふいていたらやまちゃんと出会う。やまちゃんだ、と決め付け、かれは先日、テレビのリモコンをいつも紛失してしまうおっちょこちょいだとやはり決め付ける。ひとは相手のことを包んでしまい、物のように決め付けたがる。これを包んでしまうということで内包という。意識作用のノエシスが必要な感覚情報をくみたて全体イメージ、ノエマを作る。こういうフッサール的なやり方は帝国主義的ぼくちんなのだという。他人はそんなに浅くない。無限の深みと予想だにしない活動もする。私にとって他人は無限。私はどんなにがんばってもあなたになれない。私とあなたは取り替えられないという非対称性。私は理屈や論理、言葉で他人のことを陰口叩いたり、決め付ける。理屈、言葉、論理をロゴスといって古代ギリシャ哲学以来、流行りものだという。ところが、ロゴスという秩序だってキチンと整列しているもののず〜っと手前にむちゃくちゃな無秩序な世界があるという。これがアナルシーであり、ここにおいてひとは愛でつんがっているというのだ。心の奥底の無秩序、ごちゃごちゃしたところだ。


  まとめ

  **存在の科学**

  異次元理論  ブラックホールの真っ最中だからアナルシーがある

  われわれが外界から得られる情報はマックスの速度で光速である。音よりも、光速が早い。感覚とは最大光速によって情報伝わる。相手の気持ちを察したり、生命感を感じるのは光速よりも早い。内面から地続きである。光は量子であり、量子はスピンをしたりするが、対の量子の情報を伝達するのは光速よりも早いどころか情報伝達速度無限なのだ。さて、ブラックホールに話をうつす。いろんなものを吸い込むが、吸い込んだタンスはブラックホール消滅時に返される。吸い取ったエネルギーはそのまま返還、エネルギー保存則。また、洋服ダンスの構造、その情報も返される。情報も保存されるという。そして、以前話たがブラックホール内部は重力過多ゆえに光速を超えた世界なので、アインシュタインの相対論成立しない、というか、時間がない世界であり、通常の科学法則が成立しない無秩序だ。ここでいいたい。ブラックホールが発生し、消滅の連続が一秒よりも細かく起きていると。吸い取られた私の情報は数億年後にブラックホール消滅時にそのまま変換。私にとってはなにもおこっていないように感じる。つまり、一億年が0.0001秒よりも感じる。そうすれば、ブラックホールの外部は光速をマックスにする世界。その内部は情報伝達速度無限で、しかも、無秩序なアナルシーではないか。感情や愛情があり、外界を光によって認識している生命はまさにブラックホールの真っ最中になる。


  **クレイジートーク**

  いま、車のなかで待機中である。とにかく、暑い。いま、現代、おれが暑いといいたい。エアコンつけたいが民家だらけなので苦情殺到するだろう。やむをえないがこの暑さに耐え、炎をたえぎらせた瞳にキャッチャーの姿をうかべながらじ〜っとして大リーグボールでも完成したいところだ。スポコンアニメをも超えたこの忍耐力は賞賛に値する。いまこの状況をペンギン、アザラシに見せたい。というか、ペンギンになりたい。貝と鳥の中間物になりたいといったがそんなのをここで撤回。もしくは、見に覚えありません、と答弁で白切るしかない。答弁、弁当、べんとーべん、そして、やっとたどりついたベートーベン。じゃじゃじゃじゃ〜ん、と焼肉のタレをそこらにぶっかけ、軽くあち〜っとつぶやくように発狂し、この辺でくるまの外に飛び出して軽いメインイベントの準備運動でもしようかなと突然、電光石火のように思いついたのでクレイジー終了だ。




posted by モノイイ ジョーカー at 14:04| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日刊 仙人新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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