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2011年11月26日

仙人新聞 2011・11・26

仙人新聞 2011・11・26

二日分。。。



***宇宙mix(哲学漫談、クレイジートーク)パロール版***

http://www.ustream.tv/recorded/18723174


http://www.ustream.tv/recorded/18740867


***宇宙mixエクリチュール版***



**哲風呂**



   存在と所有、そして、量化子についてである。ひとりひとりは個性的、しかも、自由意志をもっている。べつに三回まわって、わんではなく、雄たけびをあげてもよい。トランポリンだってできる。個人の自由、そして、宇宙はすべてにはてはまる普遍的な法則。じつはこのへんが逆になり、逆立ちしているのではないか。個人の自由が普遍、宇宙は必然だ。


  哲学者マルセル、存在と所有、についてである。ケータイを所有し、洋服ダンスの下着専用引き出しにはぱんつを所有。所有しているものは自分の自由になる。穴があいたから捨てるのもよし、穴をふさぐためにパンツを改造だってできる。意のままになるから随意性という。また、処分できるから自由処分権という。

  さて、自分の身体はどうだろうか。腋毛、胸毛もおれのもの、自分のからだは絶対に自分のもの。絶対的所有だというのだが、自由に処分できないし、意のままにならない。これを不随意性という。だから、所有っていうより、存在してるんだ、という。身体とは所有と存在の微妙な中間にあるというのだ。


 
  量化子についてである。論理学である。すべての靴下はくさい。このすべての、っというのが量化子であり、全称という。靴下のなかのあるものはくさい、これは特称という量化子。まさしく、この靴下が臭い、という唯一無比のこの、これを単称という。

  まとめ

  **存在の科学**


  異次元理論

   意識や自由意志、これは個人としての私ではなく、宇宙のすべての最も微小なものが時空を越えて関連しあうことできている。時空を越えた宇宙のすべてが自由意志、意識ということは、個人の意識、自由はあまねく普遍的だ。普遍的自由、普遍的偶然、これは量子論の不確定性。

  これにたいして、あるものは唯一無比の個性、具体性をもち、特定の状況にある。これはマクロな物体、惑星、天体の時空を越えた関連性がつくりだした運命、必然法則。だから、個別的な必然性、運命であり、ニュートン力学のマクロな必然法則にならっているのだ。

  本来、個人的自由、普遍的必然、ないし、普遍的法則とかんがえるがその実、逆なのではないのかというお話だ。



   **クレイジートーク**


   現場は豊島区長崎。くそ暑い。くるまのなかにいるのだが、汗が目にはいっておおげさに耳をおさえながら七転八倒
してみた。怪獣の必殺超音波攻撃にやられた正義の味方になったつもりだ。自分をヒーロー、悲劇のヒロインにしたてあげながら、現場作業に従事する。さてと、そろそろ仕事するしかないので、クレイジーを閉じる。



**哲風呂**    




   確率論的帰納法と実践的惰性態についてである。ひとごみのなかにまぎれこむ。足をふまれ、アメフト選手風な和風美人にタックルされ、それこそなかなか前に進めない。黒山の人だかりのなかに青い頭巾。にんにんである。それでも、空間にはあいたスペースがいっぱいだ。あたりまえだが、なにもない空間がある。ここもほんとうみえないだけだがひとによって満たされているのではないか。いわゆる、透明人間がいるのではないか。透明人間がいないと自然の摂理がおかしくなってしまうかもしれないという透明人間の実在論についてである。


  哲学者カルナップの確率論的帰納法についてである。まずは、帰納法っていうやつである。ず〜っと同じ靴下、同じ幸せの幸福の黄色い靴下。だから、きっと明日も同じ靴下だと予測できる。過去がそうだったからつぎもそうなるにちがいない、という法則をつくるのだ。ところが、もしかしたら何億分の一の確率で明日は別の靴下、明日は太陽が昇らないかもしれない。だから、帰納法は確率論的に何パーセントと表記したほうよいという発想。


  次の話はサルトルの実践的惰性態についてである。サルトルは、人間はとことん自由だという。人間の構造、生理学の法則にしたがってからだができて、そのうえで脳が自由に働くのではない。本質が最初にあって存在しているのではなく、まず、なんだかわからない存在、つぎに人間で性別も自由に自分が決めているという。このなんだかわからない存在、実在というが実存が本質に先立っちゃうのだ。


   ところが自由にさまざまなものを生産し、集団になていく人間。そのうち、生産された物体によって自分の自由が抑圧されちゃう。信号機を自由につくって、信号機に従う。そもそも、物体とは惰性的。坂道にボールをそっとおくと惰性でどんぐりころころだ。だから、人間もまた集団になって惰性的になっていくという。


 
   まとめ


  **存在の科学**


  異次元理論


   箱のなかにボールをひとつ。ボールの軌跡は確立的で予測できない。ところが数を増やすと全体として同じふるまいをし、予測できるようになる。ひとつひとつはちがうが平均化されて全体の必然的な運動になる。量子があつまって、全体としてニュートン力学の必然的な法則に従う。

  さいころを一回ころがすと、出る目は予測できない。なんどとなく転がし、転がした回数が増えれば平均値が見えてきて、必然的な値に近づく。

  人間もまた個人としては自由であるが、集団になればたとえば数億人という国家になれば、全体としては必然的な動きになっていく。そもそも、周囲の自然界、宇宙はニュートンの必然的な法則、力学、幾何学、数学に従う。これは目に見えない天文学的な自由意志をもつひとたちが集まった結果ではないのか。それが過去の生命体、意識体かもしれない。とにかく、膨大な透明人間が集まり、ニュートン力学的な必然法則を生み出しているのではないか。そもそも、透明なるゆえ検証も反証もできない仮説にとどまるのだ。


   **クレイジートーク**


  今日の現場もまた長崎。昨日、近くで事件があったらしくなんだか物騒だが、覆面パトカーが並んでいる。覆面をかぶったおまわりさんはいない。もちろん、ストッキングをかぶっているものもいない。太陽に吼えちゃえ、というテーマソングを口ずさみ、勢いでガードレールをジャンプで越えようとして失敗し、地球に落下しそうだったら運よくパラシュートが開いて、浮力がつよかったのか上昇をはじめた。ということで、これから仕事開始だ、クレイジーをここで終わらそう。






posted by モノイイ ジョーカー at 08:45| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日刊 仙人新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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Posted by デコログ at 2011年11月27日 00:00
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