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2012年01月23日

仙人新聞 2012・01・23

仙人新聞 2012・01・23







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**哲風呂**

心の解釈学と解釈学的循環についてである。おれはおれだ、と朝礼台の上で叫ぶ校長先生。身にしみる朝礼でのお話。涙だがて重力にさからって眼に入る。おれはきみたち生徒なんだ、とはいわない。自分を意識することと他人を意識すること。じつはいっしょなのではないか。私も他人も見境つかなくなってくるお話である。

  心の解釈学についてである。心とは何か。正直、よく目をこらしても見えるものではない。チンパンジーのものまねしたときのそのひとの笑顔、あふれんばかりというより、あふれている笑顔、もしくは半べそ、そして、なにげない動きから心を察するしかない。心とはそんな顔面とからだの動きから察する解釈ではないのか。三角形の厚紙を指の上にのせてまわす曲芸。三角形の重心に指をあてているのだ。ところが重心というかたまりもない、あくまで解釈なのだが、同じく心も重心のような解釈ではないか、という考えである。

   次の話は解釈学的循環についてである。生の哲学者、ディルタイ。水平次元と垂直次元の解釈があるという。分厚い唇、もとい、文献がある。この文献を全体通して読んだあとに、こまかい部分を解釈。そんな部分があつまってまた全体。本から一歩もでないいったりきたりの堂々巡り。ところが垂直次元はちがう。まず、体験がある。はじめての相撲でもよい。そして、心のなかでイメージ、表現。そして、相撲ってこうやってするのだな、と理解。それをもとにまた体験。ここでは湯水のごとく新しいことが得られる循環だという。

  ハイデガーの解釈学的循環は人間の存在の構造だという。重い言い方である。まず、なにかを解釈するとはあらかじめうすうす理解しているのだという。これを先行了解という。存在とはなにか、と問う。存在をうすうす知っているから問える。まったく知らなかったら問いもたてられないという。

  ガダマーの先入見。ガダマーはすべてそんななんとなく知っている先行理解があってひとはものをみている。つまり、先入見のかたまりだという。

   まとめ


 **存在の科学**


  異次元理論


    ダブルスリットの二つのスリットを一つの電子が波となってすり抜け、反対側で自分と干渉して壁に一個の電子のあとをつける。人間も電子、光子のように波動性と粒子性をもつ。粒子性が肉体、波動性は意識。だから、自己干渉が自己意識ということだ。ところが、電子を二つ、三つと放つと、どの波の合成がスリットの反対側の波になったかは解釈による。あらゆる可能性がある。自己干渉かもしれないし、別の電子の波と干渉して、重ね合わせの原理でできたのかもしれない。人間にあてはめれば、自己意識と他者意識、すなわち、自分を意識と他人を意識することの違いがわからない。あくまで解釈である。

  私と他人、主観客観、私と宇宙、という枠組みは波動性の意識の世界にはない。もしかしたらエピステーメーのような知の格子かもしれない。社会的につくられたのか。実際、メルロポンティがいうように、あかちゃんには人称性がない。もうひとつ考えられる。なにものかが波動を粒子に収束させたのだ。他人が私を感じる、私が他人を感じるの連鎖が主客、自他の枠組みを自然につくる。ところが、ひとりぼっちのときはどうなのか。すくなくともなにものかが収束させて肉にしてくれている。生まれる前と死後、これを生きていないから非生と名づける。うまれて生きているときは生。生とは神様か、何者かに意識さr4え、見守られている状態なのかもしれない。


    **クレイジートーク**


  現場は昨日といっしょで西新宿。いい現場なのだが、今日は一緒に仕事するひとが夜勤だったのでおれがケツをもつことにした。美女のケツをおもむろにもとうとしたら犯罪だ。ケツといったら割れているというのが定説のようだが、その通りだ。空手が昔わられたという日本昔話でもあるのか、ということで、時間いっぱい、もう塩をまけないので、このへんでクレイジーを終わる。
 


posted by モノイイ ジョーカー at 21:48| 東京 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日刊 仙人新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とうとうカラコンが発売されるみたいだよ!まだまだ購入できるサイトが少ないから見逃さないで!
Posted by デ コ ログ at 2012年01月24日 12:17
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