理想主義 シェリング
キャラクター シェル(ドロブック)
哲
風呂から抜粋
天才について言及した哲学者はシェリングである。彼はスピノザの汎神論とフィヒテの哲学を合体しようとした。
スピノザは宇宙、自然のすべてが神様であるという。たった一つの宇宙、神様があるという汎神論という考え。そして、フィヒテは絶対に確実な原則から出発する。信用できるものからスタートする。寝癖が
日本海の荒波のようになり、小指の先程度の目くそをこびりつけて、どろぼうのかついでいるような
風呂敷をかつぎ、自分の前にへその尾を貸してくれと頼み込むアカの他人。信用できないを数値で表したら天文学的な数字になってしまう。僕、いくつ、と尋ねると、僕は天文学的な年齢と答える少年。天文学的な
ウェスト、バスト、足首の太さ。とにかく、信じるにたるもの確実なものとは、私は私であるという当たり前の事実である。これを第一原則と呼び、第二原則は私は私以外ではない、とこれまた当たり前。そして、第三原則で私は部分的にあんたであんたは部分的に私だ、という原則。あんたの大切にしているまつ毛、実はそれは私のものだとか、私の下唇を奪ってくれとウィンクをしながら頼み込み、なぜなら、この下唇はあんたのものだ、という。第三原則では自分と世界が溶け込んでしまうのだ。
さて、シェリングはこんなフィヒテの哲学に対して、主観的観念論であると批判する。自分の心から出発して、結局は自分の中でもやもやしている。
パンツの中に手を入れて、遊んでいるようなもの。自分の内面から一歩も外にでていないという。
シェリングは、哲学とは自分の中のイメージ、表象と自分の外の実在するものとがどうやって一致するかを考えるのが哲学であるという。
自分の中のイメージでは、
ジーパンが黄ばんでいる青年の後ろポケットには身寄りのないぼろぼろのハンカチと
ティッシュが丸まっていると考える。実際には青年のポケットには黄ばんだ幸福のハンカチがたたんである。実在するハンカチとイメージしたハンカチ。これが一致するかしないか。心に描く宇宙のイメージ、表象と実在する宇宙の全体。これは、まず、実在する黄ばんだハンカチがあって、その次に自分のイメージがある、宇宙がはじめにあって、そこに自分の心が存在するという考え方、これを自然哲学という。もう1つは、自分のイメージがさきにあって、次に実際のハンカチや、宇宙全体がうまれると考える超越論的哲学。この自然哲学と超越論的哲学の二つの方向から真理を認識しようとするのだ。
まず、超越論的哲学であるが、人間の認識は根源的感覚から出発するという。感覚とは、オナラくさいからもう仕訳ないがお尻をどっかにしまっておいてくれないかと頼む。臭覚や視覚などである。そして、生産的直感へとレベルアップ。これは産出的直感といって、何もないところから直感を生み出す能力。よく、ちまたでは、何もないところからチンコを出して放尿するという超魔術を電柱の脇で公開している。音もなくオナラ発生。いつのまにか、わきの下から体温計が自然発生。ケツの割れ目にマワシが挟まっている。無から産まれる直感である。そして、反省によって、冷静な真剣なマナザシで思慮深く考え込む。めがねをかけていないのに、目の間を指で押さえる。
知的直感とは、経験的直感のように、目や鼻や耳の五感に頼らないで瞬時に認識する方法である。八百屋で、目をぎょろぎょろさせ、鼻をひくひくさせ、ベロをぺろぺろさせて、四足で徘徊。数人の警察官に取り囲まれて、すたんだっぷ、と言われる。いつしか、ハリウッドの
映画の主人公。立ち上がっても、なおもすたんだっぷと命じる。それを繰り返していたら、いつのまにか、体が宙に浮いていたりする。寝ているものにシットダウンと命じ続けると、地中深くもぐってしまうのかもしれない。経験ではなく、目や鼻や耳を閉ざされて波止場に拉致られた状態でも知的直感によって、宇宙のすべてを瞬時に認識できるという。また、そんな状況でも森のくまさんの二番くらいまで歌え、ドレミのウタのファイトのファーでリキが入る。
また、自然哲学は世の中にあるあらゆるモノは、有機的な関係をもつという。有機的とはなんだか、アメーバのようなイメージだ。友人は有機的な容姿と性格をしている、といわれた、アメーバを想像しがちである。モノは無意識である。石に話しかけてもしゃべらない。縁石に犬のふんをこすりつけても、おこらない。ガードレールに座ってオナラしてもガードレールに訴えられないが、おならは鋭利な刃物で切られたごとく、まっぷたつ。
また、自然は必ず、矛盾しあうものがくっついてレベルアップするという。電気のプラス、マイナス、男と女、じいさん、ばあさん、ツガイが合体して進化する。そして、人間の意識がうまれるという。自然は無意識から発展して人間の意識へと移行するのだ。
天才的な芸術家は美的直感、これは産出的直感の1つだが、これによって主観と客観、意識と無意識、自由と必然を合体させるという。宇宙と一体となるのだ。
これはまた、自然哲学と超越論的哲学との合体でもあり、これによって絶対同一となり、絶対者、絶対理性というすごいものに到達しちゃうというのだ。これを絶対同一的哲学という。
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